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世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド/村上春樹 [文学]

村上春樹による著作「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」について書く。
書くけれども、作品の論評ではなく、本という器について。
いや、いちおう感想ぐらいは書いておこうか。
まぁ、面白かった。

ここから本論。
器について書く。

単行本は1985年6月15日、新潮社より発行された。
箱入り、ハードカバー。
何度も増刷されている。
本の奥付に、
1985年6月10日印刷
1985年6月15日発行
と書かれているものが第1刷で、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」の、いわゆる「初版本」だ。
後に箱無しのデザインを改めたものがいくつか発行されている。
これから先、何回改装・新装されるかわからないので、ひとつだけそれらについて触れておく。
2代目単行本はたぶん数が少ない。
しかし、うらやましがる人も少ない。
よほどのマニアで無い限り、追わない方が良いと思う。
改装/新装を買わされ続けることになるから。
自己満足なんだから放っておけと言われれば、まあその通りだけど。

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド単行本

文庫は1988年10月5日、新潮社より発行された。
二分冊(上巻、下巻)となっている。
上巻が1~21話。
下巻が22~40話。
もし知っている人がいたら教えて欲しい。
なぜ、1~20話、21~40話としなかったのか?
改装してもなおこれを改めないのは何故か?
この分冊の仕方が気に入らないので、オイラは文庫版に愛着が持てない。
オイラは細かいことにこだわるのだ。
オイラのようにこだわらないコレクターは、文庫の第1刷はすすめたい。
文庫コレクター/マニアは少なからずいる。
第1刷は価値がある。
ほめてくれる人がいる(もし出会えればの話だが)。
難点は、状態の良い文庫を入手するのとカバー換えをされていない事を確認するのが難しい事だ。
上巻下巻とも、奥付に、
昭和六十三年十月一日印刷
昭和六十三年十月五日発行
と書かれているものが第1刷。

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド文庫

また、同作品は「街と、その不確かな壁」を大幅に書き直したものだ。
いや、書き直したというよりも、まったく違う作品にしたと言ってもよいと思う。
ともあれ「街と、その不確かな壁」は文學界1980年9月号に掲載されている。
写真は国会図書館でコピーしたもの。
文學界1980年9月号は持っていないし、見たことも無い。
入手はなかなか難しいと思う。
欲しい人はがんばってくれ。
ただ、入手したならば、自分が死んだ後の事も考えておく事が重要。
遺族(になるであろう人)に、これは捨てないでこうこうこのようにしてくれ、と指示しておいて欲しい。
さもないと、簡単に捨てられてしまう。

街と、その不確かな壁

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霜は軍営に満ちて [文学]

霜満軍営秋気清
数行過雁月三更
越山併得能州景
遮莫家郷憶遠征

霜(しも)は軍営(ぐんえい)に満(み)ちて秋気(しゅうき)清(きよ)し
数行(すうこう)の過雁(かがん)月(つき)三更(さんこう)
越山(えつざん)併(あわ)せ得(え)たり能州(のうしゅう)の景(けい)
遮莫(さもあらばあれ)家郷(かきょう)の遠征(えんせい)を憶(おも)うは

これは上杉謙信が晩年、能登半島の七尾城を落とし、その城中で詠んだとされる詩です。
(実際は後世、江戸期のプロの詩人が書いたという説が有力です)

少々乱暴に意訳すると、
「能登はいただきました。気分は上々です」
といったところです。

上杉謙信は「義」の武将として有名ですが、晩年は違うように思います。
好意的に見ると、「正義」などという青臭い考えを捨て、やっと、大局的な目的意識を持って動き始めた、と言えます。

しかし残念ながら、この能登攻略のおおよそ1年後、謙信はこの世を去ります。

もしあと5年生きたなら、織田信長との対決に至ったかも知れませんが、そうはならなかったかも知れません。
歴史に「もし」は禁物です。
誰にもわかりません。

戦国シミュレーションゲームでもやりましょう。
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地獄変/芥川龍之介 [文学]

芥川龍之介の代表作で、名作として名高い「地獄変」。

私はこの作品が嫌いです。

主人公の良秀にとって、最愛の娘が猛火に焼かれるシーンを見るのは、確かに地獄です。
芸術家が地獄の苦しみから、本物の作品を創り出すというのも、わかります。

しかし、最愛の娘とはいえ、しょせんは他人です。
自分ではありません。
燃え盛る火に焼かれ、もがき苦しんだのは、他人です。
良秀自身が焼かれたわけではありません。

また、愛する人が苦しみ死んで行く姿を見るという地獄を味わいながらも、踏みとどまって生き続けている人々が、現実の世の中に大勢います。
良秀は、作品を創り上げた後、さっさと自殺しています。

良秀が最大の地獄を見たかというと、大いに疑問を感じます。
中途半端な印象をぬぐえません。

ところが、できあがった作品「地獄変の屏風」は誰一人文句のつけられない至高の作品だったということで、話が終わってしまいます。
強引にシャットアウトです。

芥川はこの作品「地獄変」に満足していたのでしょうか?
満足していなかったと思います。

芥川が遺書に書いた「将来に対する漠然とした不安」とは「自分自身が火に焼かれることへの恐怖」であり、これが芥川の限界だったのだと、私は思います。
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